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“人材育成のカリスマ”と呼ばれた「ミナデイン」大久保伸隆さんに聞く人を生かす店づくり【後編】人材育成のノウハウとは

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人手不足やコストの高騰など、飲食業界が抱えるさまざまな課題を解決するために、2018年に株式会社ミナデインを立ち上げた大久保伸隆さん。前職では、居酒屋チェーン「塚田農場」を「アルバイトが辞めない居酒屋」と言わしめ、 “人材育成のカリスマ”と呼ばれています。そんな大久保さんに、飲食店経営を円滑に進めるために切っても切り離せない人材育成やスタッフの生かし方について、秘訣を伺いました。

大久保さんが考える人が集まる店づくりの秘訣については、こちらの記事をご覧ください。

大学在学中のアルバイトに魅了され、飲食業界を志す

――そもそも、飲食業界に興味を持ったきっかけを教えてください。

原点と言えるのは、大学在学中のアルバイトで魅せられた飲食店の仕事です。大学時代を振り返ると当時は将来の展望がなく、手当たり次第にアルバイトをしていましたが、なかなか長続きしませんでした。転機となったのは、個人経営の小さな居酒屋で働き始めたことです。先輩にも恵まれて接客の面白さに夢中になり、2年半続けました。

僕は愛嬌(あいきょう)ある接客ができるタイプではありませんでした。でも、500本のキープボトルに書かれた名前を覚え、タイミングを見てお酒や料理を出すといった小さな気遣いは得意で、そうした部分でお客さまに気に入られることが多かったんです。就職を控えた出勤最終日には、仲良しの常連さんで店が満席になり、「こんなに深い関係性を築ける仕事なんだ」と感動しまして。「自分もこんな店をつくりたい」「この経験をスタッフにも味わってもらいたい」と感じ、1年間社会経験を積んだら飲食業界で働こうと決めました。

1983年、千葉県生まれ。大手不動産会社を経て、2007年エー・ピーカンパニーに入社し、14年に取締役副社長に。2018年に独立してミナデインを設立。新橋に全国各地の名物メニューを取り寄せて提供する居酒屋「烏森百薬」をはじめ、独創的な新店を次々オープンさせている。自信も25歳から新橋付近に住み、飲み歩くなかで、このまちこそ自分の得意分野で勝負できる場所と感じたそう。「新橋で居酒屋がなくなったら日本中の居酒屋がなくなる」という覚悟で新橋を拠点にしている

――「塚田農場」の店長時代には、50坪105席で年商2億円、お客のリピーター率6割という繁盛店をつくり、30歳にして副社長になられました。人材教育に力を入れた結果、「アルバイトが辞めない居酒屋」としても有名になり、ホスピタリティーの高さも話題となりましたね。具体的にはどのような取り組みを行ったのでしょうか。

人材教育に力を入れ始めたきっかけは、入社1年目に「塚田農場 錦糸町店」の店長を任されたことです。とにかくいいお店をつくりたくて、人材をはじめとするさまざまな現場の課題を解決するために、必死で勉強してアイデアを考えました。

例えばスタッフのやりがいを高めるためのアイデアの一つが、400円の権限委譲システムです。スタッフにお客さま一人あたり400円分の裁量権を与えて、自分が考えたサービスを行うことができるものです。例えば、400円以下の料理をサービスしたり、お会計から少し割り引いたり、400円はお客さまがちょうどお得に感じる金額です。このシステムを導入後は、スタッフ一人ひとりが「どうしたらお客さまに喜んでもらえるか、この店に通いたくなるか?」を考え、行動するようになりました。またアルバイトを始めたばかりでスキルがなくても、お客さまを喜ばせるという成功体験はモチベーションもつながります。このシステムはお客さまからも好評で、全国の店舗に拡大しました。

こうしたアイデアの背景には、自身のアルバイトの経験から「ES(従業員満足度)が上がればCS(顧客満足度)も上がるはず」という確信がありました。そのため当時は、「いかに現場の楽しさ・緊張感・プロ意識のバランスを取りながらESを上げられるか」という観点で、スタッフのやりがいを高めるためのアプローチを必死で模索していました。

エー・ピー時代は店長、エリアマネージャー、営業本部長を勤め、後に副社長に。とにかく現場が大好きで、副社長になってからも現場に立っていたという

――そうした人材育成やマネジメントのノウハウはどのように確立したのですか?

知識や情報の源泉は読書です。「いい店づくりやいい接客とは何か」をスタッフに伝えるために、毎日メールマガジンやブログを書いたり、日々の朝礼や研修を通して発信したりする中で、おのずとインプットとアウトプットが増えていきました。一つの物事も、多様な事例を交えて話すとより伝わりやすくなるため、当時はジャンルを問わず、年間500冊は読んでいましたね。今でも本やアニメ、映画などさまざまなものからヒントを得ていますが、伝えたいことの本質は同じだと思っています。

「面白そうなことをやっている」から人が集まる

――飲食業界の人材不足の課題についてはどのようにお考えでしょうか。

原因は、お店が増えすぎたことよりも、業界として魅力がなさすぎることにあると見ています。「バイトはするけど社員にはなりたくない」という構造を解消していくためには、デジタルツールによる効率化といった小手先の変化ではなく、業界全体で働きやすさを考えることが必要です。

人材不足の課題に対してミナデインが行っていることの一つが、新橋の若者層向けの居酒屋「THE 赤提灯」での取り組みです。スキマバイトサービス「タイミー」と協業した居酒屋で、スタッフは全員がスポットアルバイトなのですが、同店では飲食人材を育成する店舗として「はじめての人でも働きやすいこと」を追求した独自のカリキュラムを採用しています。

例えば、分かりやすい業務説明の資料を作ったり、勤務中のフォローを徹底したり、初心者でも安心して働ける体制を整えていて、働いてくださる方からも好評です。こうした取り組みの理由は、「初めて働いた飲食店が良い環境なら、将来的に就職する人も増えてくる」という考えから。まずは自分の会社から、良い環境であることを徹底していきたいと思っています。

2023年5月オープンした新橋銀座口ガード下の「THE 赤提灯」。若者に赤ちょうちんの魅力を伝える居酒屋

――大久保さん自身が人材確保のために大事にしていることはありますか。

現在、当社の社員は約40名で、平均年齢は28歳です。社員に「なぜミナデインを希望したか」を聞くと、もともとはうちが運営する店にお客さまとして来店している人が多いですね。その店ではつらつと働くスタッフの姿を見て「なんだか楽しそうなお店だから」と当社に興味を持ってくれたようです。基本的には社内外からのリファラル(紹介)採用を行っていますが、このようにお客さまが社員になるケースもたくさんあります。やはりESの高い組織をつくれば良い人材が集まりますし、スタッフのモチベーションも上がります。経営側としては福利厚生を整備し、今後も「面白そうなことをやっている」と感じてもらえる取り組みを続けていきたいですね。

――人材育成やマネジメント面では、経営者としてどのような工夫をされていますか?

人材育成に関しては、会社のビジョンや理念よりも、会社の人間として大切なことを決めた”行動規範”を大事にしています。簡単に言うと、「ミナデインっぽい行動とはどんなものか?」というルールのことです。会社から発信し、それぞれの店舗でも話し合って決めてもらっています。

例えば、神社参道にある「烏森百薬」では、「スタッフは出勤するときに鳥居で一礼して入る」というルールがあります。神社のご縁で創業していることもあり、初心と感謝の気持ちを忘れないでいようという思いがあるからです。とはいえ押し付けがましいルールは嫌なので、いかに自然に楽しくできるかを意識しています。

日中も参拝客やサラリーマンなどでにぎわう新橋の烏森神社。その参道にある「烏森百薬」はミナデインの創業店舗

また、マネジメントで必要なことの一つは、働く楽しさとプレッシャーのバランスを取り、さじ加減を客観的にコントロールすることだと考えています。そのためには、自分自身が納得できるバランス感覚を身に付ける必要があります。それには、やはり関わる人や物事と真正面に向き合い、話を聞き、深いコミュニケーションを取ることが大事だと思っています。

「烏森百薬」は事務所から近いこともあり、ちょくちょくのぞきに行くこともあるという

――創業6年目の手応えと、今後の展望をお願いします。

こうしてメディアに出させていただくなど、小規模な会社のわりには影響力を持って、考え方を伝えていけることに対する手応えはあります。とはいえ、課題解決のためには取り組むスピードを早める必要もあるため、人材採用に加えて、経営者の育成にも挑戦したいと考えています。

今後の飲食業界は、お客さま対応(B to C)だけでなく、他業界との交渉などの“経営力”(B to B)がより重要になると考えています。だからこそ、もっと個性ある経営者が増えてほしいですね。他人に左右されず、「自分やりたいこと」「心が震えること」に忠実である人や、多様な方向性を持つ人と店が各まちに広がれば、日本全体はもっと豊かに、面白くなると思います。

取材先紹介

株式会社ミナデイン
取材・文渡辺満樹子
写真野口岳彦
企画編集株式会社都恋堂

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