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大井町「洋食ブルドック」が火事を乗り越え、営業再開するまで。“地元の名店”がたどった75年の歴史

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洋食ブルドック


戦後すぐ、大井町にオープンした「洋食ブルドック」。突然の店舗火災から復活までの経緯、お客さんとのエピソードを女将の鈴木智子さんに聞きました。

創業から75年以上の歴史を持つ、東京・大井町の「洋食ブルドック」。メンチカツやオムライスなど、スタンダードな洋食を大盛りで食べられることや、2代目店主の鈴木謙(ゆずる)さん・智子さんご夫妻のお人柄もあり、客足の絶えないお店として人気を集めていました。しかし、2023年9月に火災で店舗の2/3が焼失。

一時は廃業も頭をよぎったといいますが、お客さんの声に励まされ、約1年越しに営業を再開しました。そんな地元民に深く愛される同店が、どのようにお客さんと良好な関係を築いてきたのか。さまざまなエピソードをもとに掘り下げます。

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洋食ブルドック女将 鈴木智子さん

鈴木智子さん

「洋食ブルドック」女将。山口県下関市出身。上京後は看護師として勤務し、1990年に「洋食ブルドック」2代目店主の鈴木謙さんと結婚。先代夫婦とともにお店に立ち、3人の息子を育てながら、一方で訪問看護の仕事にも携わってきた。現在は謙さんが病気療養中のため、2.5代目として息子やスタッフとともにお店を切り盛りしている。

戦後の混乱期に創業。「ブルドックで初めてグラタンを食べた」という地元民も

――「洋食ブルドック」は戦後から4年後の1949年に、謙さんのお父さんが創業されたそうですね。

鈴木智子さん(以下、智子さん):それが、創業年数はハッキリ分からないんですよ。焼失した移転前の建物が不動産登記されたのが1949年(昭和24年)なので取材時はそのようにお伝えしていますが、実際は戦後すぐにバラック(仮設の小屋)から始めたそうです。

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洋食ブルドック

大井町の裏通り「東小路飲食店街」にあった以前の店舗。「お食事は大井一うまい・やすい」と書かれた袖看板が目立っていた(洋食ブルドック提供)

それに、なぜ大井町に店を出したのかもよく分からないままなんですよ。

当時は洋食自体が珍しく、銀座や浅草よりもリーズナブルに食べられることで評判を集めたと聞いています。浅草の有名店からコックさんを引き抜いたので、先代はほとんど厨房に入らなかったんですけどね。

創業して数年後にお母さん(先代の妻/謙さんのお母さん)がお嫁に来ると、お店はお母さん主体で切り盛りするようになりました。とにかく働き者で、お客さんを第一に考える人でした。今も続く「ごはんはこまめに炊く」「おいしく食べてもらえるよう、卓上にはごま塩を置く」などのルールはお母さんが考えたことです。味の土台を作ったのはコックさんですが、お店を今の形に作り上げていったのはお母さんですね。

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洋食ブルドック

以前のお店の様子。1階はカウンターとテーブル席(洋食ブルドック提供)

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洋食ブルドック

2階の客席は座敷になっていた(洋食ブルドック提供)

――長く通っている常連さんも多いと聞きました。主にどんなお客さんが来店されていたのでしょうか。

智子さん:創業したばかりの頃は、洋食を楽しみに来店されるお客さんが多かったみたいですね。「集団就職で上京し、初めて『ブルドック』でグラタンを食べた」「小さい頃、誕生日に連れて来てもらってステーキを食べた」と仰る方もいたそうです。また、当時の大井町には米軍のゲストハウスがあり、アメリカ人の方もよく来店したと聞きました。今も親子3代にわたって通ってくださるお客さんもいらっしゃいます。

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洋食ブルドック

創業時からのメニューサンプルは今も健在。火災時は内装業者に預けていたため無事だったという

――ブルドックさんというとボリューム満点な料理も名物の一つですが、これはいつから始めたんでしょう?

智子さん:もともと多めではあったんですよね。例えば、オムライスはレギュラーサイズと大盛の2種類を用意していました。ですが、20歳の頃から手伝うようになった主人(謙さん)がどんどん量を増やし、大盛を普通サイズにしちゃったんです。

主人が言うには「学生の頃にロックバンドをやっていて、いいギターを買うのでお金がなかった。学生街にある安くて大盛りのお店がすごくありがたかった」って。その恩返しのつもりで、たくさん食べてほしいと大盛りを始めたようです。

――それで、「おいしい洋食が安くてたくさん食べられるお店」と評判が広まっていったんですね。

智子さん:若い男性のお客さんが多くなりましたね。時々「少ない量で作ってください」と言われることもありましたが、料金は同じなので、当時から食べ切れなかった分はお持ち帰りできるようにしていました。

――謙さんはもともとお店を継ごうと考えられていたんでしょうか?

智子さん:継ぐつもりはなかったようですよ。でも、20歳の時にお店がボヤを出してしまったのを機にお父さんが弱気になってしまったのを見て、「何とかしなきゃ」と大学を中退して本格的に手伝い始めたと聞きました。

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洋食ブルドック

謙さん人形も店に立っている

――謙さんはお客さんに手品を披露したり、オムライスにはお客さんごとにケチャップで違う絵柄を描いたりと、遊び心あふれる方ですよね。そうした人柄に惹かれて通う常連さんも多かったのではないですか?

智子さん:オムライスの絵は1995年頃から始めたのかな。主人が来店したカップル向けにハートを描いたら、すごく喜ばれたんですよ。それで、俄然張り切って。 ケチャップは普通のキャップだと描きにくいので、口が細いものに変えて、ハートやLOVEとか描くようになって。オリンピックの時期には五輪マークを描いたり、パチンコ帰りの常連さんには「777」って書いたり(笑)。「洋食は季節感が出せないから」って、春・夏・秋・冬をそのまま字で書くことも多かったですね。ある時、お客さんが「ケチャップアート」ってネーミングしてくださって、そのように言われるようになりました。

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洋食ブルドック

オムライスのケチャップアートは現在、主に三男の敦さんが手掛けている。猫のイラストが多めだそう

手品はねぇ……。手品を見せてくれるスナックのマスターに憧れたらしくて、100円均一で手品グッズを購入してやっているんですけど、本当に下手くそなんですよ(笑)。でも、人を驚かせたり喜ばせたりするのが本当に好きな人なんです。「カップルや家族の幸せそうな顔を見ると、自分もほのぼのと幸せな気持ちになる」って言って、今でも時々お店で披露していますよ。

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洋食ブルドック

店主の鈴木謙さん(洋食ブルドック提供)

火災で店が焼失。「火元はブルドックではないか」などのデマが広まるなか……

――その後、建物の老朽化による改修工事のため2023年7月末に休業されましたが、休業中の9月30日に近所で火災が発生し、お店にも燃え広がったと伺いました。鈴木さんは当日夜、どのように火災を知ったのですか?

智子さん:夜12時頃、電話がかかってきたんですよ。慌ててお店に向かうと、3階建ての2階の窓からワーッと炎が上がっていたんです。もうもうと煙が立って、火の粉が散って。本当に、もう立っていられなかったです。消防車がたくさん来て、懸命に消し止めてくれました。2階3階は全焼しましたが、1階は無事でした。

――ご家族はみなさん無事だったと聞きました。火災はどのような状況だったんでしょうか。

智子さん:現場検証した消防の方から、火元はどこかから投げ込まれたタバコの不始末ではないかと聞きました。うちのお店と裏のお店の間にちょっとした空きスペースがあるんですけど、火が付いたタバコがうちの店の配線に燃え移り、火が2階にのぼっていったみたいです。

一人も被害者が出なかったのが救いでした。密集地域なので、風が強かったらもっと被害が大きくなっていたのではないかとも聞きました。

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鈴木智子さん

――火災の翌日からはメディアの取材が殺到したそうですね。とても応えられる心境ではなかったと思うのですが……。

智子さん:うちのお店から燃え始めたこともあって、「火元はブルドックではないか」「負傷者も出たらしい」といったデマが広まったんです。取材を受けることで払拭したかったこともあります。また、心配して来てくださった方や、連絡をくださった方に「私たちは無事です、心配してくれてありがとう」ともお知らせしたかったんですよ。

――昔の写真が全部燃えてしまったんですよね。公式Xで「#思い出せブルドック」のハッシュタグで思い出の写真を募集していたのが印象的でした。

智子さん:取材で「昔の写真はないですか」と聞かれたんですが、すべて整理して3階の倉庫に置いていたので全部燃えちゃったんです。そこで息子が、Xを通してお客さんに呼びかけてみようって。そうしたらいろいろな写真が集まって。懐かしくて本当にうれしかったですね。何もなくなっちゃってたんで……。

写真だけでなく、「頑張ってください」「お店の味が忘れられません」「再開を祈っています」というお声もたくさんいただいて、それがすごく大きかったですね。廃業が何度も頭をよぎりましたが、みなさんからいただいた温かい言葉に支えられました。70年以上続いてきたお店の歴史の重みを改めて感じて、今でも涙が出ます。

復活後の看板から「やすい」を省いた理由

――火災の被害から約10か月後、以前の店舗から徒歩3分の場所で営業再開されました。やはり、以前の店舗を改修するのは難しかったのでしょうか。

智子さん:模索しましたが、難しかったんです。現状では建て替えるしかなく、狭い路地に資材を運び入れるため工賃も高くなると言われました。しかも、お店があった東小路のエリアには兼ねてから再開発の計画があり、10年後には取り壊さなければいけないかもしれない。せめて思い入れのある大井町の別地域で再開したいと物件をさんざん探したのですが、当初はダクトのある重飲食可の物件がなかなか見つからなかったんです。

諦めて大森駅近くの物件を契約した直後に、お付き合いのある信用組合さんから現店舗の物件情報を教えてもらいました。大森の方は違約金が発生してしまいましたけど、以前のお店から近い場所で営業再開できて、本当によかったです。

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洋食ブルドック

大井町駅東口から徒歩1分、レストラン「プロヴァンス」跡地で開業。2本の通りに面した視認性の良い立地

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洋食ブルドック

――外観や内装など、以前のお店の雰囲気も残すよう意識されたのでしょうか。

智子さん:そうですね、できるだけ近づけるようにしました。例えば、以前のお店のような木目調を残すため、明るさを保ちながらも天井と柱だけは木目調で統一したり。椅子やテーブルも、以前のお店にあったようなつくりのものを探したり。袖看板を取り付けるのは難しかったので、入口や店内の柱にほぼ同じデザインを掲げています。

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洋食ブルドック

――以前の看板は「お食事は大井一うまい・やすい」でしたが、今は「やすい」の文言がないんですね。

智子さん:以前から「やすい」を取りたいとは思っていたんです。創業当時とは時代が変わって、安く食べられるような企業運営のお店が増えましたよね。うちのお店も個人店にしては安い価格設定ですが、それでも企業と勝負はできないので、お客さんの誤解を生まないように意図して省いたんです。

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洋食ブルドック

――なるほど、そういう想いがあったのですね。他にも変えたところはありますか?

智子さん:まず、メニューを写真付きのものに整えました。そして、メニューに載せるお酒も増やしています。以前から洋食と一緒にお酒を楽しむ方が多かったんですけど、ビールとワイン1種類、レモンサワーくらいしかなくて。これを機にワインの種類を増やして、さらにサワーや酎ハイなどお酒のラインナップも充実させました。

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洋食ブルドック

メンチカツとハンバーグ、オムライスが一度に楽しめる「名物セット」1,900円

また、前々から「名物の料理を少しずつ食べたい」というリクエストがあったので、「ミニオムライス&ハンバーグセット」や「ミニメンチ&ミニオムライスセット」などを新しく考案しました人気メニューは3種類すべて一皿で楽しめる「名物セット」ですね。

他にも、モバイルオーダーを取り入れたり、レジを新しくしたり、ホームページを作ったり、SNSを更新したり。これらに加えて、スタッフの採用やシフト管理も3人の息子たちがやってくれています。

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洋食ブルドック

美大出身の三男・敦さんが描いた新しいイラストロゴ。名物を携えたブルドックは、謙さんに寄せた優しい表情になっている

――心強いですね! プレオープンでは行列ができたと聞きました。お客さんの反応はいかがでしたか?

智子さん:再開記念に先着200名さま分のハンカチを作ったんですが、もう1年近く間が空いてしまったし、誰も来てくれないんじゃないかと思っていたんですよ。借金が膨らむ前に、お店を畳もうとまで話していたくらいで。ですが、プレオープン当日、3時間前から並んでくださる方もいて、ハンカチは早々に配り終えました。

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洋食ブルドック

プレオープン時に配られたタオルハンカチ。1枚は店内に飾っている(洋食ブルドック提供)

昔からのお客さんが続々と来てくださって、火事に遭ってからずっと暗かった気持ちが一気に晴れました。お花やお菓子を持ってきてくださったり、中にはお金を包んでくださる方もいたり。お見舞いの意味合いもあったと思うんですが、ありがたくて本当に涙が出ましたね。

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鈴木智子さん

――それはうれしいですね……! 新店舗になってから、客層は変わりましたか? 

智子さん:女性のお客さんがすごく増えました。やはり、以前の立地では古いし狭いしで入りにくかったのだと思います。一方で、前々から通ってくださる男性のお客さんには「きれいになり過ぎて入りにくくなっちゃったな」って冗談混じりに言われますけどね(笑)。

――常連さんからするとそんなお気持ちなんですね(笑)。最後に、今後やっていきたいことなどを教えてください。

智子さん:これからは季節の料理を出していきたいですね。新しく始めたことがある一方で、諦めなくちゃいけないこともありました。特に、豚汁が出せなくなってしまったことが悔しいです。厨房の形が変わったので、仕込む場所が確保できなくなってしまって……。今はわかめと豆腐のお味噌汁にしていますが、出汁は2種類使うなど、こだわって作っています。いつかは豚汁も復活させたいですね。

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【取材先】

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洋食ブルドック

洋食ブルドック
住所:東京都品川区東大井5-17-4 高山ビル1階
電話:03-6712-1757
Web:洋食ブルドック
Twitter:@ooi_bulldog

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

編集:はてな編集部

 

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